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その昔、天橋立は天への架け橋といわれており、女神イザナミと男神イザナギが天への上り下りに使っていました。ある日イザナギが昼寝をしている間に倒れて、それが天橋立になったという神話が残っています。 |
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京丹後市弥栄町野中から、つづら折りの細い山道を五キロほど進むと、今も何軒か残る「味土野」集落跡に着きます。
標高約四百メートルの地、「味土野」には戦乱の世を強く生き抜いた細川ガラシャ隠せい地の証しとする記念碑がひっそりとたたずんでいました。
細川忠興の婦人「玉」後の洗礼名「ガラシャ」が味土野に幽閉された理由は、「玉」の父、明智光秀が本能寺の変で織田信長に謀反をお起こし、その逆臣の娘となった妻「玉」の身に危険を感じた夫「忠興」が人知れぬ味土野の地に幽閉したのです。
今回のお題、「ガラシャ」はなぜ味土野に幽閉されたのか? その答えは金剛童子山に登れば分かる」は、人知れぬ山奥はいろいろとありますが、なぜ「味土野」の地が選ばれたのでしょうか。
今回も「丹後里山ウォーキングッ」に参加しガラシャの足跡を訪ねました。
細川ガラシャ隠棲の地でキキョウを植栽して出陣式です。
キキョウの花はガラシャの生家、明智家の家紋でもあります。
まずはガラシャも水遊びした?という事にして味土野大滝を目指します。
いきなり難所の連続です。 以前この滝に来た時は滑って転んでカメラを壊した苦い思い出があります。
下界は猛暑でうだるような暑さですが、滝の近くは自然のミストで快適・爽快!
この気持ち良さに対馬シェフも、パワー充電、テンションアップですヽ(^o^)丿
味土野大滝から一旦ガラシャ隠棲の地に戻り、お昼は対馬シェフ特製ボーリューム満点のオーガニックサンドイッチです。
ハンバーグにスモークチーズ&卵焼き&サラダ。 美味しかった〜!
お腹も満たされ寝ころぶと目の前に可愛い花が。
ネジバナです。
キキョウ。
ヒメヒオウギスイセン。
さて今回の「お題」、いよいよ金剛童子山へ登ります。
山は涼しいと言えども、この猛暑の中の登山、スタミナ切れでパワーダウンです。
対馬シェフ猛暑にダウン(>_<) 味土野大滝でもらったパワーは何処へ!!
気を取り直して、気分はバナナボート!
バナナボートに乗ったら あっという間に金剛童子山展望台に到着!
パラグライダーでテイクオフ!?
空は気持ちいい!
地球は緑だった!!
金剛童子山は丹後でも有数の米どころとして知られる弥栄町の平野部が見渡せれる眺望のよい山でした。
という事で、今回のお題、ガラシャは何故「味土野に幽閉されたのか」は、人知れぬ山奥にありながら、近くに行者山と呼ばれた「金剛童子山」があり、各地からの修験者が多かった事で、下界の情報が入りやすく、米所が近く食料の調達が容易だったと思われます。また、味土野は細川忠興の居城・宮津からは近く、かつ京都・大阪からは遠く、謀反人の身内として狙われるのを避けるため、隠れる場所には最適だったのではと思われます。